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赤い彗星シャア・アズナブルの名言から学ぶ、デキる男の秘訣

アニメ「機動戦士ガンダム」に登場する赤い彗星こと「シャア・アズナブル」。最初こそ華々しく登場するものの、全体を通して観ると苦戦しているシーンも目立ちます。

宿命のライバルであるアムロからは「情けないヤツ!」と罵られ、木星帰りのシロッコからは「ニュータイプのなりそこない」呼ばわりされ、元恋人のハマーンからは「世界の都合というものを洞察できない男は、排除すべきだ!」と叱られ、結構踏んだり蹴ったり・・・

しかし、モビルスーツ戦やニュータイプ能力では一歩譲っても、政治力やカリスマ性も含めた総合力で考えると、シャアは間違いなく「デキる男」です。

「デキない男」の僕としては、シャア・アズナブルに少しでもあやかるべく、書籍「シャア・アズナブル全発言」を片手にお気に入りの名言をまとめてみました。 

シャア・アズナブル全発言

シャア・アズナブル全発言

 

 

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人生で大切なことはすべてドラクエ名言集に書いてあった

 

シャアは若い頃から格が違う

「認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえのあやまちというものを」

機動戦士ガンダム 第1話「ガンダム大地に立つ!!」より

若気のいたり、という言葉もあるように経験不足ゆえの失敗は付き物。シャアと言えども例外ではありませんが、こういうセリフがさらっと出てくるところを考えると、自分を客観視して自嘲するだけの余裕があるとも言えます。

子どもの頃ガンダム観てたときはシャアってすごく大人っぽく感じてたんですが、よくよく考えるとこのときまだシャアは20歳なんですよね。成人式と運動会の区別もつかない20歳もいることを考えると、さすがシャアは若い頃から格が違います。 

愚痴を口にしない強さ

「(3機のザクを要求してこれか。敵のモビルスーツの性能が皆目分からんというのに)」

機動戦士ガンダム 第3話「敵の補給艦を叩け!」より

長いサラリーマン人生において、「上から無茶振りの命令を受ける 」なんて経験はそれこそ日常茶飯事。「え?この仕事をこの期間で?」「人員これだけしか回してもらえないんスか?」「いやいやこのタイミングで工数見積もるの無茶ですよ、まだ仕様が明らかになってないのに」思わず口をついて出る泣き言、愚痴、弱音。

満足に補給も受けられないまま新たな命令を受領したシャアも思わず内心愚痴ってますが、それを口に出さないところが僕ら凡人との違いなのかもしれません。特にシャアのように多くの部下を持つ立場の人間であれば、下手に弱音や愚痴を吐くと周囲に良くない影響を与えかねませんからね。

不平不満をぐっと飲み込むシャアの強さが垣間観られるシーンです。

 

弘法は筆を選ばないかもしれないけど、凡人はついつい筆のせいにしてしまう

「フフ、モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差ではないことを教えてやる」

機動戦士ガンダム 第3話「敵の補給艦を叩け!」より

格闘ゲームやレースゲームなんかの対戦型ゲームにハマった経験のある人なら大なり小なり心当たりあると思うんですが、ああいうゲームって選ぶキャラによってかなり有利不利が変ってきますよね。負けたときとかはついついキャラのせいにしたくなりますし、勝利至上主義で考えると好きなキャラではなく勝てるキャラを選んでしまいがち。

その点シャアのこの自信に満ち溢れたセリフの堂々たることよ!ザクvsガンダムなんて普通に考えて無理ゲーも良いところですが、シャアはむしろその対戦を楽しんでいるフシすらあります。圧倒的な実力に裏付けられてこそ言えるセリフですね。 

ガンプラ MG 1/100 MS-06S シャア・アズナブル専用 ザクII Ver.2.0 (機動戦士ガンダム)

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こんなセリフを一度言ってみたい

「ドレン、私を誰だと思っているのだ」

機動戦士ガンダム 第32話「強行突破作戦」より

こういうセリフ、一度言ってみたいです。まあ僕が言ったところで「誰なの?」とでも返されておしまいなので言いませんが。ルウム戦役でザク1機で戦艦5隻を沈めた文句なしの実績を持つシャアが言うからこそ格好良いセリフです。

 

ニュータイプとして覚醒するシャア

「見えるぞ、私にも敵が見える」

機動戦士ガンダム 第42話「宇宙要塞ア・バオア・クー」より

アムロやララァには一歩譲るものの、シャアもまたニュータイプの素養を持っていました。ア・バオア・クーの最終決戦でサイコミュ搭載のジオングに乗り込み、敵(アムロ)を感じ取ることのできる喜びをかみ締めたセリフです。 

会社と言う名の戦場にもやっかいな相手はいますが、誰を敵に回して誰を味方につけるか。このあたりを的確に感じ取ることがサラリーマンとしてやっていく秘訣とも言えます。

 

映画版のセリフのほうが好き

「今、君のようなニュータイプは危険すぎる。私は君は殺す。」

機動戦士ガンダム 第43話「脱出」より

 テレビ版機動戦士ガンダムの最終話でシャアがアムロに言い放つセリフ。これはこれで話の筋に沿ってて良いセリフなのですが、僕は同場面での映画版のセリフのほうが好きです。

「人は流れに乗ればいい。だから、私は君を殺す。」

機動戦士ガンダムⅢ 「めぐりあい宇宙編」より

結局、人間1人ができることなんて、質・量ともにたかが知れています。世知辛い世の中を生き残っていくためには大きな流れに乗っていくしかないのかもしれません。

機動戦士ガンダム III めぐりあい宇宙編 [DVD]

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あまり謙虚だと嫌味にも聞こえる

「ほかに食べる方法を知らんからさ。だから、いまだに嫁さんももらえん」

機動戦士Zガンダム 第7話「サイド1の脱出」より

カミーユから「何故軍人になったのか?」と聞かれたシャアの回答がコレ。はぐらかし気味の会話なので本心からの言葉では無いでしょうが、いかにもこれは謙遜が過ぎると言うもの。シャアほどの男なら大抵の分野で一流になれそうなもんですが・・・

 

子どもの頃観てたアニメのキャラクターの年齢を追い越したときに感じるなんとも言えない空しさ

「これが若さか・・・」

機動戦士Zガンダム 第13話「シャトル発進」より

 自らの正体がシャア・アズナブルであると明かさないクワトロ大尉に対し、カミーユの修正(鉄拳制裁)が飛ぶ!殴られながらシャアがつぶやいたセリフ。

たしかにカミーユは17歳なので充分若いですが、このセリフを発したシャアもこのとき27歳なのでまだまだ全然若いと思うんですよね・・・

昔は「え?シャアってもう27歳?おっさんになったなぁ・・・」などと思ったものですが、このときのシャアよりもはるかに年上になった今となっては・・・なんでしょうね、このなんとも言えない空しい感情の正体は。

 

動いてると余計なことを考えないですむ

「 私は怖い。動いているほうが怖くなくていい。」

 機動戦士Zガンダム 第16話「白い闇を抜けて」より

この感覚すごくわかります。上記シーンの例とは少し異なりますが、仕事があまり上手くいってないときとかに下手に休み取ると、せっかくの休日なのに仕事のことで頭がいっぱいになったり。出社してあくせく働いているほうがまだしも気が楽、ということはあります。こういう思考が社畜思考につながっていってしまうのかもしれませんが・・・

 

職場では男女差別はあってはいけないが、男女区別はあっても良い

「ここは軍隊だぞ。男も女もない」

機動戦士Zガンダム 第28話「ジュピトリス潜入」より

 仕事をする上での男女差別はあってはならない(仕事以外でももちろんですが)、という流れになりつつありますが、一方で男女の区別と言うものはあっても良いと思うんです。

僕が以前いた会社は、プロジェクトが炎上してみんな終電間際まで残ってたり会社に泊り込んだりという事態になっても、女子社員だけは早めの時間帯(といっても22時とか)に帰るように上司が促していました。これは一見差別のようにも感じますが、女性のほうが夜遅く帰宅するときに事件やトラブルに巻き込まれガチなのも事実。こういった区別は必要であると思います。

しかしやはり、こと軍隊となるとそんな甘いことも言ってられないのが現実なのでしょう。普段はどちらかといえば女性に甘く接っしがちなシャアでも、作戦行動中は男女の区別無く毅然と接しています。そうでなければ周りの他の部下に示しがつかない、ということもあるのでしょうね。

 

シャアのしぶとさは異常

「まだだ、まだ終わらんよ」 

 機動戦士Zガンダム 第50話「宇宙を駆ける」より

コロニーレーザーを巡る戦いで愛機・百式に搭乗したシャアは、キュベレイに搭乗するハマーンとジ・オに搭乗するシロッコの挟み撃ちにあいます。自分と互角かそれ以上のニュータイプが、自分の機体以上の性能のモビルスーツに乗って、挟撃をしてくる。

絶望的としか言いようがない状況ですが、それでもシャアはふてぶてしくいい放ちます。「まだだ、まだ終わらんよ」。実際シャアはこの状況を切り抜け生き延びています。

パイロットとしての能力、作戦指揮能力、政治的な力・・・シャアの能力は多岐に渡りますが、一番の能力はこのしぶとさにあるのかもしれません。 

MG 1/100 百式Ver2.0 (機動戦士Zガンダム)

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新たな時代を切り開くのは若者

「新しい時代をつくるのは老人ではない」

機動戦士Zガンダム 第50話「宇宙を駆ける」より

エゥーゴの指導者であるシャアを逃がすために、捨て身の覚悟でシロッコとハマーンを倒そうとするカミーユ。そんな蛮勇とも言える行動に出るカミーユにシャアが投げかけたセリフ。

老人と言ってもこのときまだシャアは27歳なわけですが、若い力に託す希望の大きさが感じられます。それだけカミーユのことを買っていたということかもしれません。

アニメの世界とはいえ歴史にifを持ち出すべきではないかもしれませんが、もしカミーユがこの戦いで正気を失わなかったら、その後「シャアの反乱(第二次ネオジオン紛争)」へと続く未来に変化が訪れていたのでしょうか・・・

 

絶対絶対のピンチであっても矜持を保つシャア

「そんな決定権がお前にあるのか」

機動戦士Zガンダム 第50話「宇宙を駆ける」より

愛機の百式はボロボロにされ、ハマーンのキュベレイに組み敷かれて、ほとんどもう打つ手は無し。「これで終わりするか、続けるか?」と最後通牒をしてくるハマーンに対し、なおも強気を崩さないシャア。たとえ絶体絶命のピンチとはいえ、ハマーンに対して一歩も譲る気は無いという矜持の高さが窺がえます。

現場の意見を聞かずに勝手に客との間で話を進めて、どんどんプロジェクトを炎上へと導こうとする上司やマネージャに、僕もこんな強気な発言をぶつけてみたいものです。まあ、ハマーンと違って上司やマネージャは「そんな決定権」を持ってるからこそタチが悪いんですけどね・・・

 

シャアが本当に求めていたものは何だったのか・・・

「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ。そのララァを殺したお前に言えたことか」

機動戦士ガンダム 逆襲のシャアより

シャアは父ジオンの仇を討つためにザビ家を滅ぼそうとしました。しかし、実際にシャアの心に消えない傷跡を残したのは、父の死だったのか、それとも母の死だったのか。ザビ家に狙われたことにより、シャアは母親と離れ離れになり、結果的にシャアの母親は不遇な最期を迎えることになります。その事実こそが本当の意味でシャアにザビ家に対する憎悪を植えつけたのでは無いでしょうか。

そのあたりの経緯は「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」で語られています。

幼少期に強制的に母親の愛情を奪われたシャアが、包容力のあるララァ・スンと出会い、そこに母親への愛情と癒しを求めていたとしても不思議ではありません。 

壮大な理想と信念を掲げ、常に何かに駆り立てられるように生きていたシャア。人類すべてがニュータイプへと覚醒した世界を渇望していたシャア。そんなシャアが本当に求めていたのは何だったのか。シャアの望むとおりの世界が実現していたら、本当にシャアは満たされることができたのか。ニュータイプにでもならない限り、答えはわかりそうにありません。 

 

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